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東京地方裁判所 昭和52年(モ)2927号 判決 1980年2月15日

申請人

渡辺宜信

右訴訟代理人弁護士

秋山幹男

久保田康史

被申請人

スーパーバッグ株式会社

右代表者代表取締役

福田貞雄

右訴訟代理人弁護士

高島良一

高井伸夫

立花充康

主文

一  当裁判所が、申請人と被申請人との間の当庁昭和五一年(ヨ)第二三六〇号地位保全等仮処分申請事件について昭和五二年二月二三日になした決定を取消す。

二  申請人の本件仮処分申請を却下する。

三  申請費用は、本件仮処分異議申立ての前後を通じて、申請人の負担とする。

四  本判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

2  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の原因

1  被申請人は紙袋等の製造、販売を主たる業務とする株式会社であり、各地に支店、営業所を設置するほか、埼玉県所沢市大字三ケ島甲地蔵下二六〇二番地に所沢工場を設置しているが、申請人は昭和四九年一一月五日、臨時従業員として被申請人に入社し、昭和五〇年三月一日、正規従業員(本採用の従業員)に採用されたもので、入社時より所沢工場製造部一課の業務に従事していたものである。

2  しかるに、被申請人は、昭和五一年八月六日付で申請人を懲戒解雇したとして、申請人の従業員たる地位を否認し、同日の翌日以降の賃金を支払わない。

3  申請人の当時の賃金は一か月につき基本給九万七一〇〇円、交替制手当六九八〇円、食事手当二〇八〇円、計一〇万六一六〇円であり、右賃金支払日は毎月二五日である。

4  前記のとおり被申請人は昭和五一年八月七日以降、申請人の就労を拒否し、賃金を支払わないでいるところ、申請人は被申請人から支払われる賃金のみにより生活している者で、本案判決の確定をまったのでは、生活は根底から破壊されてしまう。

5  よって、「一 申請人が被申請人に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。二 被申請人は、申請人に対し、昭和五一年八月七日以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り月額一〇万六一六〇円の割合による金員を仮に支払え。」と命じた本件仮処分決定は正当であるから、その認可を求める。

二  申請の原因に対する被申請人の認否

申請の原因1ないし3はいずれも認める。

同4のうち、被申請人が申請人の就労を拒否し、賃金を支払っていないことは認めるが、その余は争う。

三  被申請人の抗弁

1  懲戒解雇

(一) 就業規則該当

(1) 被申請人の就業規則四二条において懲戒は譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種とするとされ、同条四号には「懲戒解雇は予告期間を設けないで即時解雇する」と規定されており、また同四三条一六号には懲戒事由として「経歴を詐りその他の詐術を用いて雇用された場合」と規定されている。

(2) ところで、申請人は、次のとおり経歴を詐称して被申請人と雇用契約を締結したものである。

(イ) 申請人は、昭和四一年三月、静岡県立富士高等学校卒業後、同年四月静岡大学工業短期大学部電気科(夜間部、三年制)に進学し、同四四年三月に同大学を卒業しているにもかかわらず、申請人が昭和四九年一〇月二四日、入社面接の際に被申請人に提出した履歴書には、学歴として、右高等学校卒業までの事項を記載し、右大学進学及び卒業の事実を記載せず、採否決定のための面接の際にも、同様に右大学進学及び卒業の事実を秘匿した。

(ロ) また、申請人は、右大学卒業後、昭和四四年四月から同四八年一月まで株式会社シバソク(以下、シバソクという。)に、同四八年六月から同年一〇月までスナック営業スワンに(但し、アルバイトとして)、その後共栄企画に、それぞれ雇用されて勤務しているにもかかわらず、申請人が被申請人に提出した前記履歴書には、職歴として、昭和四四年四月にCOM造形社を設立して現在に至る旨を記載して、右シバソク等に勤務した事実を秘匿し、その後の面接の際にも、右履歴書に記載した職歴が真実である旨陳述した。

(3) 申請人の以上の行為は、前記就業規則四三条一六号に該当することは明白であるので、被申請人は昭和五一年八月六日、申請人に対し、就業規則四三条一六号、同四二条四号に該当するとして、同日付で申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

(二) 懲戒解雇の相当性

申請人の前記経歴詐称は次のとおり非常に重大なものであり、被申請人がこれに対し懲戒解雇をもって臨んだのは正当である。

(1) 被申請人が、申請人との雇用契約締結前に申請人の真実の学歴を知っておれば、被申請人は申請人と雇用契約を締結しなかった。すなわち、

(イ) 被申請人は、所沢工場において、百貨店、スーパーマーケット等で買物品の包装、収納用に使用する紙袋等を製造しているが、その製造に当っては、ゴム版を使用する簡易な印刷装置と紙袋を角型状に成型する製袋装置とが連結して作動する構造の印刷製袋機を運転、操作する作業を行なっており、その作業担当者を通常オペレーターと呼んでいる。そして、このオペレーターの作業の主な内容は、巻取状の幅の広い紙を印刷装置にかけること、インクの色を仕上規格に合わせること、仕上規格に合わせて製袋装置の成型調整を行うこと、仕上規格に合うように印刷装置と製袋装置の連動調整運転を行うこと、試作品を見ながら微調整を行ない、仕上規格に合った製品ができるようになれば、徐々に機械の回転速度を増大させること、機械の回転速度が所定の速度に達し、かつ製品が安定すれば、巻取紙、インク、糊などの補充を行ないながら、機械の運転を監視することであって、特別の知識、技術をそれ程必要としない比較的単純なものであるが、機械にはそれぞれのくせがあるため、オペレーターは実際の運転経験によりその技術を体得することが必要とされ、その技能は技術指導、習得の過程で逐次伝承されていくものであって、これを一応習得するには二年間位の経験を必要とする。

(ロ) 以上のようなオペレーターの作業の性格からみて、オペレーターに期待されるのは、理論的な知識でなく、単純な作業に飽きずに月日をかけて根気よく技能を習得するという耐久性であるが、高学歴の者は一般にかような耐久性に乏しい。また、かようなオペレーターとしては、若い年代から作業についた方が上達も早く、定着性も良い。

そこで被申請人は、従来、オペレーターの従業員には新制中学校卒業以下の学歴の者のみを採用していたが(但し、例外的には、縁故者で新制高等学校卒業者も若干名採用した。)、昭和三六年以降は、新制中学校卒業者の就職希望者が減少した等の事情から新制高等学校卒業者も併せて採用することにしたが、短期大学及び大学卒業者は採用しないことにしている。現に、所沢工場においては、オペレーターの勤務している製造一課から同四課までの従業員は、本社から派遣されて工場におけるインクの調色改善の特殊業務を担当している技術系管理職員の一名(大学卒業者である。)を除き、全員が新制高等学校卒業以下の学歴の者で構成されており、工場長、製造部長も同様の学歴の者である。

(ハ) 以上のとおり被申請人は学歴が新制高等学校卒業以下であることをオペレーター従業員の採用条件としていたものであるところ、被申請人は所沢工場のオペレーターとして採用するために申請人と労働契約を締結したのであるから、右契約締結前に申請人が静岡大学工業短期大学部を卒業していることを知っていれば、申請人と労働契約を締結しなかったことは明らかである。

(2) 申請人の学歴詐称は極めて意識的なものであった。すなわち、

(イ) 被申請人は、昭和四九年一〇月、オペレーター求人のために、所沢公共職業安定所が当時使用していた「公開用求人カード」の求人条件の学歴欄に不動文字で印刷されている中・高という文字を丸印をもって囲み、オペレーターとして採用する者は中学校もしくは高等学校の卒業者である旨を表示したうえ、これを同職業安定所に提出した。

右求人カードは他社のカードと共に同安定所に常置され、申請人もこのカードを見たうえ、被申請人にオペレーターとして労働契約締結の申込みをしたものである。

(ロ) また、申請人は昭和四九年一〇月二三日頃、所沢工場事務課係長牧野福松(以下、牧野係長という。)に対し、電話により学歴に関する採用条件を確かめたが、その際、牧野係長はオペレーターの学歴は中学校または高等学校の卒業者に限る旨答えている。

(ハ) さらに、その後被申請人が行なった採否決定のための面接の際にも、所沢工場事務課長西窪治(以下、西窪課長という。)が、申請人の学歴について、富士高校は進学校であるが、申請人は大学へ進学しなかったのかと質問したのに対し、申請人は経済的な理由から進学しなかったと答えている。

(3) また申請人の学歴詐称による入社により、具体的にも重大な企業秩序の障害、もしくはその虞れを生ぜしめている。すなわち、被申請人は以上のように業務の特質、既存の現業者、管理者との学歴均衡、同僚、上司との協調性、定着性等を考慮してオペレーターの採用条件として、新制高等学校の卒業者に限っていたものであるが、申請人の学歴詐称による入社により、申請人の配置、人事管理等の人事措置を誤った。

また、かように学歴を詐称して入社した申請人を排除しえないとすると、被申請人は今後、厳重な採用手続をとらねばならず、多くの負担を課されることになる。さらに前記のように学歴の同質性を基にして構成されている労務管理体制に支障をきたす(管理者のリーダーシップに毀損をきたす)虞れもある。

(4) 申請人は、さらに、前記のとおり職歴についても詐称しているが、職歴、すなわち学校卒業後どのような職についたか、何回職を変えたか、または職に就かないでいたかということは、学歴と並んで労働契約申込者の技能、人物等を判定するための重要な要素である。そこで被申請人は、申請人のような中途採用者と労働契約を締結する際に使用する臨時雇用契約書には、被申請人に提出した身上申告書(特に前職歴事項)記載の事項と相違する事実が判明した時は契約を解除する旨特記しているのである。

しかるに申請人は、昭和四四年四月から同四九年一〇月までの間に三度も職を変え、そのうちにはスナックでのアルバイトもあり、また無職の時期もあった。わが国の雇用の実態からすれば、労働者が同一の使用者のもとで比較的安定した雇用関係を継続するのが通常であるから、もし被申請人が、事前に申請人の右のような職歴を知っていたとすれば、被申請人は、申請人が職を転々とした理由について納得すべき説明を受けない限り、その人物には何か異常なものがあるとして、その採用を躊躇したであろう。

したがって、申請人の職歴詐称は被申請人の申請人に対する人物評価を誤らしめる重大な経歴詐称といえる。

2  通常解雇

申請人の経歴詐称の程度は、学歴、職歴全般にわたる重要なものであり、前記臨時雇用契約書に規定されている解約事由に該当し、さらに、申請人が右解約事由に合意しながら、経歴詐称をして被申請人と労働契約を締結したことは、解雇事由を規定した被申請人の就業規則四八条三号の「事業上の都合による場合」もしくは同四号の「その他やむを得ない事由がある場合」に該当するから、いずれにしても、被申請人の申請人に対する懲戒解雇の意思表示は通常解雇の意思表示としても有効である。

3  詐欺による契約取消し

前記のとおり、被申請人は、申請人との労働契約締結前に申請人の真の学歴を知っていたならば、労働契約を締結しなかったものであり、また、契約締結前に申請人の真実の職歴を知っていたならば、簡単な面接だけでは申請人と労働契約を締結しなかったものであるにもかかわらず、申請人は被申請人との労働契約締結にあたり、学歴、職歴を詐称して、それが真実であるかのように被申請人を欺き、その旨被申請人を誤信させて、労働契約を締結させたものであるから、被申請人は右労働契約締結の意思表示を取消すことができる。

ところで、継続的な契約関係である労働契約においては契約承諾の意思表示の取消しの効果は将来に向かってのみ生じると解すべきであるから、被申請人が申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示には契約承諾の取消しの意思表示の趣旨も含まれていると解すべきである。

仮にそうでないとしても、被申請人は昭和五二年四月二一日、申請人に対し、同人との労働契約承諾の意思表示を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をなし、これは同日到達した。

四  抗弁に対する申請人の認否

1  抗弁1(一)(1)の事実は認める。

2  同1(一)(2)のうち、申請人の昭和四一年三月以降の学歴、職歴が被申請人主張のとおりであること(但し、申請人がスナック・スワンに勤務したのは昭和四八年六月から同年八月までであり、共栄企画に勤務したのもアルバイトとしてであった。)、申請人が、昭和四九年一〇月二四日、被申請人に提出した履歴書の記載事項が被申請人主張のとおりであって、その主張するような学歴、職歴を記載していなかったことはいずれも認めるが、その余は否認する。

申請人が被申請人に提出した履歴書に学歴及び職歴を正確に記載しなかったのは次の理由によるものである。

(一) 申請人は、昭和四九年四月に友人と共同でCOM造形社を設立して樹脂造形の事業を開始したが、折からの石油ショックの影響を受けて、同年一〇月には解散するのやむなきに至り、職を失った。そこで申請人は就職先を探し、被申請人の求人に応ずる以前に他の三社の求人に応募したが、履歴書に職歴としてシバソクでの勤務を記載するとことごとく採用を断わられた。これは、後記の如く、申請人がシバソク勤務当時、活発な労働組合運動を行ない、争議行為にも参加したことが所沢地区では知れ渡っているためと判断せざるを得なかった。そこで申請人は、被申請人の求人に応募するにあたっては、シバソクでの勤務を秘匿する以外にないと考え、これを履歴書に記載しなかったものである。なお、スナック・スワン及び共栄企画での勤務は、いずれもアルバイトにすぎなかったので、あえて記載するまでもないと考え、これを記載しなかったものである。

(二) また、静岡大学工業短期大学部卒業の事実を履歴書に記載しなかったのは、申請人が右大学在学中、昼間は専ら同大学図書館に勤務していたので、その職歴だけ記載すれば足りると考えたからである。

3  同1(一)(3)は認める。

4  同1(二)(1)の冒頭記載の主張は争う。(1)(イ)のうち、オペレーターの作業が特別の知識、技術をそれ程必要としない比較的単純なものであるという点は争うが、その余は認める。(1)(ロ)のうち、所沢工場の従業員構成に関する部分は不知。その余は争う。(1)(ハ)のうち、オペレーターの採用条件は不知。被申請人が所沢工場のオペレーターとして採用するために申請人と労働契約を締結したことは認め、その余は争う。

オペレーターの作業はだれにでもできる単純な作業ではなく、複雑な精密機械を運転、操作、管理する作業であり、被告(ママ)も主張するとおり、技能習得には長年月を必要とする。オペレーターとしては、機械に関するより多くの知識と理解力を有する者の方が適格性が高いといえ、高等学校以下の卒業生よりもむしろ、大学卒業者の方が適格性が高いといえる。また、高学歴者は耐久性に之しいという考え方も全く根拠がない。被申請人は、オペレーターの作業よりもはるかに単純な作業である「製品の検査、包装」の作業に従事するパートタイマー募集にあたって、学生アルバイトを歓迎しているが、このことは高学歴者は単純作業には不適当だとする被申請人の主張の破綻を示すものである。

なお、一般に学歴詐称が問題になるのは、学歴を実際よりも高く詐る場合であって、大学卒業者が高等学校卒業者であると学歴を実際よりも低く申告する場合は、これを問題にする余地がない。けだし、大学卒業者は高等学校卒業者と同程度以上の学識、能力を有しているのであるから、使用者が大学卒業者を高等学校卒業者として採用しても使用者にとっては何ら不都合はない筈であるからである。また、一般に短期大学の卒業者であるが故に現場労働者として不適格であるとは言えない。近年においては、大学進学者が激増し、高等学校卒業者の四割以上が大学に進学するのが実状であって、短期大学の卒業者のみならず、四年制大学の卒業者でも、いわゆるブルーカラーとして工場等の現場の労働に従事する者が多くなっているからである。まして、申請人のように昼間働きながら短期大学の夜間部を卒業した者が現場の労働に不適格であるとは決して言えない。

5  同1(二)(2)の冒頭に記載の主張は争う。(2)(イ)のうち、申請人が所沢公共職業安定所の紹介により被申請人の求人に応じたことは認めるが、その余は否認する。(2)(ロ)は否認する。(2)(ハ)のうち、申請人が被申請人との労働契約締結前に被申請人の面接を受けたことは認めるが、その余は否認する。

申請人が右安定所を通じて示された被申請人の求人条件は、学歴は新制の中学校卒業以上というものであって、新制の中学校または高等学校の卒業者に限るというような制限は全くなかった。また、申請人が電話で被申請人にオペレーターの学歴について質問したことはないし、面接の際にも学歴の制限についての話は全くなかった。

6  同1(二)(3)のうち、オペレーターの採用条件の点は不知。その余は否認する。

7  同1(二)(4)のうち、申請人が、昭和四四年四月から同四九年一〇月までの間に三度職を変えたこと、その間スナックでアルバイトをしたり、無職の時期もあったことは認めるが、臨時雇用契約書に主張のような記載があることは不知。その余は争う。

8  同2の主張は争う。

被申請人は、申請人に対し、懲戒解雇であることを明示して本件解雇をなしたものであり、また、懲戒解雇と通常解雇とは、その性格を全く異にするものであるから、本件懲戒解雇の意思表示を通常解雇の意思表示と解することはできない。また、被申請人においては、就業規則に通常解雇事由が制限的に列記されているから、通常解雇をするためには、就業規則所定の事項に該当する場合でなければならないところ、経歴詐称は、解雇事由を規定した就業規則四八条各号のいずれにも該当しないことは明白である。さらに、被申請人は本採用前の臨時雇傭契約書に解雇事由として経歴詐称が掲げられていることを主張するが、右契約書は申請人、被申請人間の本件労働契約に関するものではないから、本件契約の解除の根拠とはなし得ない。解雇は、もっぱら就業規則によるべきである。さらに、本件においては通常解雇を有効ならしめるための合理的な理由もない。

9  同3は争う。

五  懲戒解雇の抗弁に対する申請人の主張及び再抗弁

1  経歴詐称と懲戒処分(主張)

(一) 労働関係は、本来、使用者と労働者との対等な当事者間の契約関係であるから、労働者が職場秩序に違反したとしても、それに対する不利益は契約違反に対する責任としてのみ課されるべきであるから、使用者が債務不履行による不利益を超えて労働者に対し、一方的に懲戒処分を行なうことは本来許されないものである。しかし、仮に、秩序罰として懲戒処分が許されるとしても、それの許される範囲は厳格に限定されねばならない。すなわち、まず、労働者が職場秩序に違反したことが労働契約上の債務履行に著しい障害をもたらし、それによって使用者の企業活動の推進に支障をきたす場合でなければならず、また、秩序違反の程度が著しく重大であり、それによって企業の業務遂行に現実的かつ具体的障害が生ずる等、懲戒処分を課することに合理的なやむを得ない理由がある場合でなければならない。

(二) 懲戒処分は、使用者と労働者との間に労働契約が成立し、労働契約関係が継続している間に、労働者が債務を履行せず、職場秩序を乱した場合に秩序罰としてなされるものであるから、労働契約の締結時に生じた事由にすぎない経歴詐称自体を理由として、労働者を懲戒処分することは許されない。

(三)(1) 仮に労働者の経歴詐称を理由とする懲戒処分が許されるとしても、その経歴詐称のために、労働者の債務の履行に著しい障害が生じ、そのため使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなくては、その懲戒処分は許されない。

(2) これを本件についてみるに、申請人は、昭和四九年一一月五日に被申請人と労働契約を締結してから昭和五一年八月六日に本件懲戒処分を受けるまでの約一年九か月間、所沢工場製造一課の従業員(オペレーター)として勤務してきたものであるが、その間終始熱心に職務に従事し、その勤務態度や勤務成績においても何ら欠けるところがなく、職場の上司も申請人を高く評価していた。申請人は、臨時従業員としての労働契約締結後約四か月間で正規従業員に採用されているが、これは、被申請人が右の期間、申請人の勤務振りを観察した結果、申請人が被申請人の従業員としての適格性を有することを確認したからにほかならない。そして、申請人の学歴及び職歴の詐称によって、申請人の債務の履行、被申請人の業務の遂行に全く支障は生じていない。

(3) したがって、少なくとも本件においては、申請人の経歴詐称を理由として、被申請人が申請人を懲戒解雇することは許されない。

2  不当労働行為(再抗弁)

被申請人が申請人を懲戒解雇した真の理由は、申請人がかつてシバソクに勤務していた当時、活発な労働組合運動を行なった経歴を有するとともに、被申請人会社においても熱心な労働組合活動を行なっていたことを嫌忌して、申請人を被申請人会社から排除し、その組合活動を封じようとするためであったというべきであるから、本件懲戒解雇は、不当労働行為であって無効である。すなわち、

(一) 申請人は、昭和四四年四月にシバソクに雇用されたが、その劣悪な労働条件を改善するため、昭和四六年八月一二日、その従業員らと総評全国金属埼玉地方本部シバソク支部労働組合を結成するとともに、その執行委員に就任し、さらに昭和四七年九月の執行委員の任期終了後、昭和四八年一月に退職するまでの間は職場委員となり、終始活発な組合運動を行なった。その間、右労働組合は、春闘や夏期一時金闘争などの際に相当長期間にわたるストライキを含む争議行動を展開したが、この争議行動は、右会社の存在する所沢地区では著名なものであった。

(二) 申請人は、昭和五〇年三月一日被申請人の正規従業員になると同時に、被申請人の従業員で組織する全国金属産業労働組合同盟埼玉地方金属スーパーバッグ支部に加入し、同年一〇月頃からは製造一課の職場から職場委員に選出され、右組合執行委員会の下部組織たる職場委員会の一員となり、製造一課の職場における組合のリーダーとして活躍した。そして、申請人は、春斗等における組合大会等において、しばしば発言し、組合の団結と労働者の利益を守るための闘いを強化すべきことを組合員に訴えてきた。その結果、申請人に対する職場の組合員の信頼は高まり、昭和五一年八月五日公示された組合の役員改選選挙(同月一九日投票)においては、製造一課の職場を選挙母体とする執行委員(一名)には申請人を推挙しようというのが製造一課所属組合員の一致した意見となっていた。

(三) ところが、被申請人は、申請人のシバソクでの組合運動歴を知り、かつ、申請人の被申請人会社における熱心な組合活動を目の当りにして危機感を抱き、申請人を会社から排除し、その組合活動を封じようとして、昭和五一年八月六日、申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたものである。かような被申請人の意図は、組合役員改選選挙の公示日である昭和五一年八月五日に申請人を呼びつけて退職を迫り、その翌日に解雇の意思表示をしたことにも表われているし、また、人事部長政村壮一や西窪課長が申請人に退職を迫り、解雇の意思表示をした際に、同人らが申請人に対し、申請人の学歴が問題なのではなく、シバソクでの組合活動歴が問題なのであると言明したことからも明らかである。

(四) よって、本件懲戒解雇は、労働組合法七条一号に該当する不当労働行為であり、憲法二八条の趣旨及び公序良俗にも反するものであって無効である。

3  懲戒権濫用(再抗弁)

仮に申請人の経歴詐称が一応懲戒事由に該当するとしても、懲戒解雇をもって処分すべき場合には当らないから、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用であって無効である。すなわち、

(一) 被申請人の就業規則四二条は、懲戒処分として譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めているが、このうち解雇は労働者を企業から永久に放逐する処分であっていわば死刑に等しい極刑であるから、その処分を選択するためには、懲戒の対象となる事由が極刑に相当するだけの重大なものでなければならない。また、対等の当事者である使用者が労働者に対して右のような極刑を加えることが正当化されるのは、労働者の債務の履行に著しい欠陥があり、企業秩序に現実的かつ重大な支障が生じている場合でなければならない。

(二) ところで、本件の場合、申請人が被申請人に提出した履歴書の記載事項と申請人の真実の経歴との間には一部の相違があったが、その経歴は労働契約締結の条件や重要な動機となる程のものではなかったし、その相違は労働契約の目的である労務の遂行に支障を生ぜしめる性質のものではなかった。しかも、申請人は、被申請人との労働契約締結後約一年九か月間、何らの支障もなくオペレーターの業務に従事し、被申請人自身も申請人の勤務状況を高く評価していたのであって、右経歴の相違が申請人の債務の履行や企業の秩序に障害を生ぜしめていた事実は全くない。

(三) したがって、申請人の経歴詐称はいわば形式犯にすぎないものであるから、これに対して被申請人が懲戒解雇という極刑をもって臨むことは、その合理的理由がなく、著しく重きに失するものであって、正義に反する。よって、本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用というべきであって無効である。

六  申請人の主張及び再抗弁に対する被申請人の認否

1  申請人の主張1(一)、同(二)、同(三)(1)の主張は争う。同(三)(2)のうち、申請人がその主張の期間、製造一課の従業員(オペレーター)として勤務し、臨時従業員としての労働契約締結後、約四か月間で正規従業員に採用されたことは認めるが、その余は争う。同(三)(3)は争う。

2  再抗弁2の冒頭記載の主張は争う。同(一)のうち、申請人が昭和四四年四月シバソクに雇用され、昭和四八年一月同社を退職したことは認めるが、その余は不知。同(二)のうち、申請人が昭和五〇年三月一日、その主張の労働組合に加入し、同年一〇月頃以降製造一課の職場の職場委員に選出されたことは認めるが、その余は不知。同(三)のうち、被申請人が昭和五一年八月五日、申請人に退職を勧告し、翌六日、申請人に対して懲戒解雇の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。2の(四)に記載の主張は争う。

3  再抗弁3記載の主張は争う。但し、同(一)のうち、被申請人の就業規則四二条に懲戒処分として、譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めていること、及び同(二)のうち、申請人が被申請人と労働契約締結後、約一年九か月間、オペレーターの業務に従事していたことは認める。

第三証拠(略)

理由

一  申請の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  しかるに、被申請人は抗弁として、申請人を懲戒解雇したと主張するので、この点について判断する。

1  被申請人の就業規則四二条四号及び四三条一六号に抗弁1(一)(1)に記載の如き規定があること、被申請人が昭和五一年八月六日、申請人に対し、右就業規則の各規定に該当するとして懲戒解雇を言渡したこと、申請人が昭和四九年一〇月二四日、被申請人に提出した履歴書に記載された学歴、職歴事項及び申請人の真実の学歴、職歴が抗弁1(一)(2)に記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

したがって、申請人が被申請人と労働契約を締結するに際し、履歴書に真実の経歴を記載しなかったことは明白であるが、この間の経緯をみるに、右当事者間に争いのない事実と(証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。

申請人は、昭和四一年三月に静岡県立富士高等学校卒業後、同年四月静岡大学工業短期大学部電気科(夜間部、三年制)に進学したが、昼間は静岡大学工学部図書館に事務員(但し、学生アルバイト)として勤務した。昭和四四年三月、右短期大学部を卒業すると共に右図書館勤務も退職し、同年四月から所沢市所在の電子計測器メーカーであるシバソク(但し、当時の商号は芝電気測器株式会社)に就職し、測定器の開発、製造等に携わっていたが、その後、従来から興味を有していた油絵を本格的に勉強するために、昭和四八年一月、同社を退職し、絵画研究所に通うかたわら、昭和四八年六月から八月までは所沢市所在のスナック・スワンに、さらに同年一〇月から昭和四九年三月までは美術造形を業とする共栄企画にいずれもアルバイトとして勤務したが、右共栄企画が昭和四九年三月頃に倒産したため、同社を退職し、同社の従業員であった他二名の者と共に同年四月からCOM造形社なるものを設立し、樹脂化工の業務を始めたが、折からの石油ショック等のために業績不振に陥り、同年一〇月には解散するのやむなきに至った。そこで申請人は就職の必要に迫られ、新聞広告等により従業員を募集していた電気関係の職種を有する三社に応募したが、いずれも採用されなかった。そこで申請人は所沢公共職業安定所の紹介により、被申請人のオペレーターの求人に応募したものであるが、被申請人においては所沢工場における中途採用者については履歴書の提出と面接だけで採否を決定する方式をとっていたところ、申請人は同月二四日、所沢工場を訪れ、求人事務の窓口業務を担当していた牧野係長の応待を受けたが、その際、持参していた履歴書を同係長に提出した。右履歴書には、学歴として小学校、中学校及び昭和四一年三月に富士高等学校を卒業したことのみが記載され、職歴としては、昭和四一年四月から昭和四四年三月まで静岡大学工学部図書館に勤務し、同年四月にCOM造形社を設立して現在に至る旨が記載されていた。そして、申請人は、牧野係長が学歴、職歴を確認したところ、履歴書のとおりであると述べた。さらに、同年一一月五日には求人事務担当の西窪課長から採否決定のための面接を受けたが、右西窪が申請人の経歴を確認したところ、申請人は、学、職歴とも履歴書に記載したとおり間違いないと答え、また、学歴について西窪が、申請人の出身校である静岡県立富士高等学校が進学校であるのに申請人が大学に進学しなかった理由を尋ねたのに対し、申請人は、経済的理由により進学できなかった旨答えた。西窪は職歴についても詳しく内容を聞き、申請人は、これに対して、図書館は公務員として勤務していた等述べた。西窪は、履歴書の記載及び申請人の応答を信用して、申請人をオペレーターとして採用することを決定し、待遇等の条件を伝えたうえ、同日、臨時雇用契約書(疎乙第七号証)に署名、拇印をさせたうえ、申請人と労働契約を締結したが、右契約書の契約条項中には、「会社に提出した身上申告書(特に前職歴事項)に記載してある事項と相違する事実が判明した時は、被雇用者宛通知の日を以って契約を解除し解雇する」旨が明記されていた。その後、昭和五一年三月一日からは申請人は被申請人の正社員(正規従業員)とされ、両者間の労働契約は期限の定めなきものとなった。

以上の事実が一応認められ、(証拠略)中、これに反するものは採用しない。

以上の事実によると、申請人が被申請人と労働契約を締結した経緯は、就業規則四三条一六号に規定されている懲戒事由である「経歴を詐り……雇用された場合」に該当することは明白であるといわねばならない。

2  そこで、被申請人の就業規則が本件の如き経歴詐称に対して懲戒事由をもって臨んでいることの合理性について考えるに、企業は、法律に抵触しない以上、その雇用する労働者の採用条件を自由に定め得るのであり、企業における雇用関係は、単なる労働力の給付関係に止まるものではなく、労働力給付を中核とした継続的人間関係であることに顧みると、企業は、労働者と雇用関係を結ぶに当って、労働力の評価に関する事項、例えば、学歴、技能等のみならず労働者の企業への適応性に関連する事項、例えば、性格、職歴等の事項をも調査し、もしくは、これらの事項についての申告を労働者に対して求め得ることは当然というべく、労働者としても、右の如き申告を求められた場合は、真実の申告をなすべき信義則上の義務があるといわねばならない。労働者が、右義務に違反して企業に入った場合、企業はこれによって、労働者の適正な配置を誤らされ、企業秩序に混乱を生じ、使用者との信頼関係が破壊されるに至ることは当然に予測され得ることであるから、被申請人がその就業規則において、経歴詐称によって雇用された場合は懲戒事由に該当する旨を定めていることには合理性が認められるといえる。

3  次に、本件懲戒解雇に相当な理由が認められるかどうかを検討する。

(一)  被申請人は、被申請人が申請人の真実の学歴を知っておれば、申請人と労働契約を締結しなかったと主張するので、この点について考えるに、抗弁1(二)(1)(イ)の事実のうち、被申請人が所沢工場において紙袋等を製造していること、オペレーターの作業内容が同所記載のとおりであること、被申請人は、所沢工場のオペレーターとして採用するために申請人と労働契約を締結したものであることは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実と、(証拠略)を総合すると次の事実が一応認められる。

被申請人は、所沢工場において買物品の包装、収納用の紙袋等の製造をしているが、その製造に当って、通常オペレーターと呼ばれる作業員が、印刷装置と製袋装置が連動する構造の印刷製袋機を操作している。その運転操作内容は、抗弁1(二)(1)(イ)に記載のとおりであり、それ程特殊、高度な技能、知識を有するものではないことが認められるが(いわゆる単純作業かどうかには争いがあるが)、機械のくせがあるために、オペレーターは実際の運転経験により技術を体得していくことが要請され、その一応の習得には二年間位の経験を有する。被申請人は、オペレーターの従業員は工場で直接採用することにしていたが、かようなオペレーター作業の特質から、オペレーターとして最も要請されるのは耐久性であり、また若い年代から作業についた方が上達も早く、定着性も良く、かような業種には新制中学校卒業(以下、中卒という。)以下の学歴の者が最も良く適合するという考えから、従来、オペレーターの従業員には中卒以下の学歴の者から採用するという方針をとってきたが(但し、例外的に縁故者で新制高等学校を卒業―以下、高卒という。―した者を採用したこともある。)、中卒者の就職希望者の減少とその質的劣化の現象から、昭和三六年頃以降は、高卒者も併せて採用することになったが、それを超える学歴の者(短期大学または四年制大学の卒業者)は採用しない方針を厳守しており、所沢工場では、オペレーターの勤務している製造一課から同四課までの従業員(合計約一八〇名、うちオペレーター人員は約九〇名)は、一名の例外を除き、全て高卒(これに準ずる旧制青年学校等を含む。)以下の学歴の者で構成されており、職制も現場従業員の中から、年功を考慮して昇進させる方針を採っているため、工場長、製造部長をはじめ、課長、係長、班長等の役付従業員も同様に高卒以下の学歴の者である。右一名の例外は、本社採用の技術系従業員であり(千葉工業大学工業化学科卒業)、本社から派遣されてインク調色のコスト・ダウンを目的とした特殊業務に従事している者である。

ところで、被申請人は、オペレーターを中途採用する場合には、所沢公共職業安定所に求人の申込みをしていたが、その場合には、同安定所に備付けの求人票及び公開用求人カードに所定の事項を記入してその申込みを行っており、昭和四九年一〇月当時、同安定所で使用していた公開用求人カードの様式は(証拠略)のとおりであったところ、被申請人は右のとおり、オペレーター従業員としては高卒以下の学歴の者から採用する方針をとっていたため、公共職業安定所にオペレーターの求人申込みをする場合にも、学歴を高卒以下の者に限定しており、昭和四九年一〇月にも所沢公共職業安定所に、オペレーターの採用申込みをしたが、その際、同安定所に提出した求人票及び公開用求人カードの職種欄には「オペレーター」と記入し、求人条件としての学歴欄に不動文字で「中、高、短大、大、その他」と印刷されたところは中、高の文字のみを丸印で囲んでいたものである。

さらに、申請人の採否決定のための面接の際にも、前記の如く、西窪課長は、学歴について申請人に念を押し、大学に進学しなかった理由を尋ねている。

かつて、昭和四五年と昭和四七年に大学卒業またはその中退の学歴を有する者が被申請人のオペレーター従業員の中途採用の申込みに応募したことがあったが、被申請人はオペレーターの学歴制限に触れるとして、その採用を断った。

以上の事実が一応認められ、(証拠略)中、これに反する部分は採用しない。

以上の認定した事実によると、被申請人は、オペレーターの従業員の採用条件として、学歴がかつては中卒以下、昭和三六年頃以降からは高卒以下であることを確固たる方針としていたことが明らかであり、申請人との労働契約締結前に申請人の真実の学歴を知っていたならば、右労働契約を締結しなかったであろうと推認でき、この推定を覆すに足る疎明はない。

なお、申請人は、オペレーターとしては、高卒以下の者より大学卒業者の方が適格性が高いとか、大学卒業者は高卒者と同程度以上の学識、能力を有しているから、大学卒業者を高卒者として採用しても使用者にとって不都合はないとか、大学進学者が激増している近年の実状からみれば、大学卒業者であっても現場労働者として不適とはいえない等主張して、被申請人のオペレーター従業員に関する学歴制限を非難するが、企業が雇用する労働者の採用条件を自由に決定し得ることは前記のとおりであるから、申請人の右主張は、何ら右判断に影響を及ぼすものではない。また、(証拠略)によると、被申請人は、昭和五三年九月頃、製品の検査、包装係に従事するパート・タイマー募集にあたって、学生アルバイト歓迎と記載した広告を出していることは認められるが、これはオペレーターの募集ではなく、また、単なるアルバイトとしてのパート・タイマーの募集にすぎないから、これも前記判断を左右するものではない。

(二)  次に、申請人の学歴詐称が意図的なものであったかどうかを検討する。

申請人が、所沢公共職業安定所の紹介により被申請人のオペレーター従業員の求人に応じたこと、申請人が、被申請人との労働契約締結前に被申請人の面接を受けたことは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、次の事実が一応認められる。

前記の如く、被申請人は所沢工場のオペレーターの従業員の採用条件として、学歴が高卒以下であることを確定的な方針としており、昭和四九年一〇月に所沢公共職業安定所にオペレーターの採用申込みをした際にも、同安定所に提出した公開用求人カードの求人条件としての学歴欄に不動文字で「中、高、短大、大、その他」と印刷されたところは、中、高の文字のみを丸印で囲んでいたものであるが、右カードは他社のカードと共に同安定所入口の待合室に備え付けられ、閲覧に供されていた。申請人はこのカードを閲覧したうえで、同安定所の紹介により、被申請人の求人に応じることとし、昭和四九年一〇月二三日頃、被申請人の所沢工場に電話したところ、牧野係長が応待し(西窪課長が不在であったため)、同係長は、申請人に対し仕事の概略を説明し、申請人が学歴についての採用条件を尋ねたのに対し、学歴は中、高卒に限る旨答えた。申請人は、前記のとおり、同月二四日に所沢工場を訪れ、高卒までしか学歴の記載されていない履歴書を提出し、同年一一月五日に行われた面接の際には、西窪課長の質問に対し、学歴は履歴書に記載のとおりと答え、さらに、経済的事情により大学に進学できなかった旨応答している。また、申請人の経歴詐称が被申請人に判明した後の昭和五一年八月五日、申請人は、被申請人本社の人事部長政村壮一及び西窪課長から、経歴詐称の存否について確認されるとともに、任意退職の勧告を受けたが、その際、申請人は、経歴詐称の事実を認めると共に、学歴を詐称した理由として、大学卒業と履歴書に書けば採用にならないことが分っていたので、短期大学卒業の事実を秘匿した旨述べている。

以上の事実が一応認められ、(証拠略)中、これに反する部分は採用しない。

右の事実からすれば、申請人は、被申請人のオペレーターの採用条件が高卒以下の学歴を有する者に限られていることを知りながら、敢えて被申請人と労働契約を締結するために、自己の短期大学卒業という学歴を秘匿したものであり、その詐称は、極めて意識的なものであったといわねばならない。

(三)  さらに、申請人が、学歴を詐称して被申請人と労働契約を締結したことによって、被申請人の業務等に具体的な支障が生じたかどうかの点を検討するに、前記の如く、被申請人はオペレーターとしては高卒以下の者のみを採用することにしていたところ、申請人は、真実は短期大学を卒業しているにもかかわらず、高卒であると学歴を詐ったために、被申請人は、これを信用して、高卒者としてオペレーターに採用したものであるから、被申請人は、申請人の学歴詐称により、申請人の配置、人事管理等の措置を誤ることを余儀なくされてきたといえる。また、今後、申請人の雇用を継続すれば、人事管理に支障をきたし、従業員に対する管理体制の見直しを迫られ、さらには、従業員の採用手続きを厳格なものに改めざるを得なくなる等、企業秩序に対する種々の支障が生じる可能性のあることは否定し得ないといえる。しかしながら、(証拠略)によれば、少くとも、本件懲戒解雇のなされた昭和五一年八月六日までは、申請人の労務提供及び職場の人間関係に特筆するに足る程の支障は生じていなかったことが一応認められる。

(四)  また、職歴詐称についてみるに、申請人が、昭和四四年四月から同四九年一〇月までの間に三度職を変えたこと、その間、スナックでアルバイトをしたり、無職の時期もあったことは当事者間に争いがなく、申請人は、前記のとおり、昭和四四年四月から昭和四八年一月までのシバソクにおける勤務、昭和四八年六月から同年一〇月までのスナック・スワンにおけるアルバイト、同年一〇月から昭和四九年三月までの共栄企画におけるアルバイトの事実を秘匿し、履歴書には昭和四四年四月からの職歴としてはCOM造形社設立とのみ記載していたものであり、また、昭和四九年一一月五日、申請人と被申請人が労働契約を締結した際に、申請人が署名、拇印した臨時雇用契約書の契約条項中には、「身上申告書(特に前職歴事項)記載の事項と相違する事実が判明した時は契約を解除する。」旨記載されていたことも前記のとおりである。

(五)  そこで、本件懲戒解雇の相当性を検討するに、前記の如く、被申請人が就業規則において、経歴詐称によって雇用された場合を懲戒事由と規定していることには合理性が認められるところ、労働者が、経歴詐称によって企業と労働契約を締結することによって、労働者の適正な配置、人事管理等の企業秩序に混乱を生じ、使用者との信頼関係が破壊される結果、もはや企業と労働者間の雇用関係を継続し難いと認められるような重要な経歴詐称があった場合には、懲戒解雇もやむを得ない措置として是認されると考えられる。そして、かような重大な経歴詐称といえるためには、企業が労働者の真実の経歴を知っていたのであれば、当該労働者と雇用契約を締結しなかったであろう(少くとも、同一条件では)と考えられ、また、客観的にも、そのことに合理的な理由があると考えられる場合であることを要するであろう。

これを本件についてみるに、以上認定した事実によると、被申請人は所沢工場におけるオペレーター従業員に関しては、その作業の特質、従業員の定着性等の考慮から、その採用条件を高卒以下の学歴の者に限り、この方針を厳守していたものであるが、申請人は、公共職業安定所における被申請人の公開用求人カードの記載、被申請人所沢工場の牧野係長への電話から、被申請人の右採用条件を知りながら、敢えて、オペレーターとして被申請人と雇用関係を締結するために、短期大学卒業という真実の学歴を秘匿したものであり、被申請人としても、事前に申請人の真実の学歴を知っていたとすれば、申請人と労働契約を締結しなかったであろうと推測される。これを客観的にみても、被申請人は、所沢工場の従業員(オペレーターに限らず)を高卒以下の学歴の者のみで構成しており、右学歴の等質性を前提として、右工場の職制、人事管理体制を組織していたのであり、未だこの方針に例外を設けたことはない(本社派遣の特殊研究に携わる技術者は別として)のであるから、右企業秩序を維持するために、大学もしくは短期大学卒業者をオペレーターとして採用しないことには十分な合理性が認められる。申請人の学歴詐称は前記のとおり、極めて意図的なものであって、背信性が強く、被申請人は申請人のかような学歴詐称による所沢工場への入社により、前記のような従業員構成、人事管理体制を混乱せしめられたものであり、被申請人と申請人との信頼関係は、申請人の経歴詐称の発覚により、ほぼ完全に破壊されたものと考えられる。

申請人の職歴詐称についてみるに、申請人は昭和四四年四月から昭和四九年一〇月までの五年七か月間に及ぶ職歴の大部分を詐称したものである。すなわち、申請人は右の間に三度も職を変え、その中には単なるアルバイトに過ぎないものもあり、また、無職の時期もあったのに、これらの事実を全て秘匿する反面、昭和四九年四月から同年一〇月までの極めて短期間経営したにすぎないCOM造形社なる樹脂造形の事業を、昭和四四年四月以来五年数か月間も継続して経営したかの如く、被申請人に申告したものである。しかも、臨時雇用契約書には、申告した事項、特に前職歴事項が事実と相違している場合は、労働契約を解除する旨の明文の契約条項があり、申請人は、それにもかかわらず右詐称をしたものであるから、その詐称の内容、程度共に極めて重大で、背信性の強いものであり、被申請人の申請人に対する人物評価を大きく誤らしめるに足りるものであったといわざるを得ない。

そして、かような経歴詐称が事前に発覚していたとすれば、被申請人は申請人との労働契約締結を躊躇したであろうことも、また、疑いのないところである。

以上のとおりであるから、被申請人が申請人の本件経歴詐称に対して、懲戒解雇をもって臨んだことには相当の理由があるといわざるを得ない。

(六)  なお、申請人は、申請人が経歴を詐称したのは、抗弁に対する申請人の認否2(一)、(二)に記載した理由によるものであると主張するので、これについて検討する。

まず、申請人は、シバソクでの勤務を秘匿したことについて、申請人のシバソクにおける労働組合活動が所沢地区においては著名であるから、被申請人会社に就職するにはこれを秘匿するほかないと考えたと主張する。

(証拠略)によると、申請人はシバソクに勤務中の昭和四六年八月一二日、同社の大多数の従業員と共に総評全国金属埼玉地方本部シバソク支部労働組合を結成し、それと同時に執行委員の一人(但し、いわゆる組合三役の一人ではなく、平の執行委員の一人)に選任されたこと、右組合は、組合員の労働条件の改善を求め、三六協定闘争、秋闘、春闘、年末及び夏期一時金闘争その他において、街頭デモ行進や相当長期間に及ぶストライキ等を含む活発な争議活動を行なったこと、右争議活動は所沢地区ではかなり著名であったこと、申請人は、昭和四七年九月に執行委員の任期を終了し、その後、昭和四八年一月に同社を退職するまで、職場の闘争委員等を務めたことを一応認めることができる。しかし、申請人が右組合の執行委員であったのは約一年間(一期)にすぎず、その間、申請人のみが格別顕著な活動をしたとは認められず(申請人本人尋問の結果中、これに反するかの如き部分は採用し難い。)、しかも、申請人はその後間もなく、自己の希望で会社を任意退職していることが認められる。また、申請人は、被申請人の求人に応募する前に他三社の求人に応募したが、いずれも採用されなかったことも一応認められるが、右不採用の理由がシバソク勤務の事実を職歴として申告したためであると認めるに足りるだけの疎明はない。したがって、申請人が被申請人の求人に応募するに当って、シバソクでの勤務を秘匿せねばならない程のやむを得ない事情があったとは認めることができない。また、仮に、申請人が、シバソクでの勤務を申告すれば、同社における組合活動が著名であったために、就職に支障があると主観的に思い込んでいたとしても、そのことは右の認定事実に照らすと客観的な根拠に乏しく、いずれにしても、シバソクでの勤務を秘匿する合理的な理由はないといわねばならない。

また、申請人は、シバソクに勤務していたことが被申請人に知られることを恐れて、短期大学卒業の学歴を秘匿した(短期大学卒業の事実を申告すれば、被申請人が右大学に問い合せて、シバソクでの勤務が判明すると考えた)旨主張していることが認められるが、右のとおりシバソクでの勤務を秘匿する合理的な理由がないと認められる以上、この主張も理由がないことになるうえ、短期大学卒業の事実を申告すれば、被申請人がわざわざ大学に問い合わせると考えたというのも不自然であり、申請人が短期大学卒業の学歴を秘匿したのは、前記のとおり、被申請人の求人条件としての学歴が高卒以下であることを知りながら、敢えて採用されようとしたためであると認められることからすると、右主張は単なる弁解のための主張であるといわざるを得ない。

次に、申請人は、スナック・スワン及び共栄企画での勤務はアルバイトにすぎなかったので履歴書に記載しなかったと主張するが、この主張自体は、一応首肯し得るとしても、それは、その間に申請人がCOM造形社なる樹脂造形の事業を経営していたという虚偽の記載ないし申告をしたことまでを正当化し得るものではない。

申請人は、また、短期大学在学中、昼間は専ら大学図書館に勤務していたので、その職歴だけを記載すれば足りると考え、短期大学卒業の学歴を履歴書に記載しなかったと主張するが、前記のとおり、申請人は、高卒以下の学歴制限のなされている被申請人の求人に応じるために、短期大学卒業の学歴を秘匿したと認められるのであるから、この主張も弁解以上のものではないといわざるを得ない。

三  懲戒解雇の抗弁についての申請人の主張に対する判断

1  まず、申請人は、本来、対等な当事者間の関係である労働関係においては、使用者は労働者に対し、懲戒処分をなし得ないと主張するが、企業秩序をかく乱する労働者の行為に対して、使用者が制裁としての懲戒処分をなし得ることは、労働契約の性質上当然のことと解し得るし、本件においては、被申請人の就業規則に、一定の場合に、被申請人が従業員に対し懲戒処分を行うことが明記されてあるから、いずれにしても、本件において被申請人が懲戒処分をなし得ることは疑いのないところである。

2  次に、申請人は、仮に懲戒処分を行なうことができるとしても、労働契約締結時に生じた事由にすぎない労働者の経歴詐称自体を理由とする懲戒処分は許されない、さらに、仮に経歴詐称を理由とする懲戒処分が許されるとしても、その経歴詐称のために、労働者の債務の履行に著しい障害が生じるなどして、使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなければ、懲戒処分は許されないと主張する。

しかしながら、前記の如く、使用者が事前に労働者の真実の経歴を知っていたのであれば、その者と労働契約を締結しなかったであろうと認められるような重大な経歴詐称があった場合には、かような詐称によって労働者が企業内に入ることによって生じる企業秩序の混乱、使用者との信頼関係の破壊の程度から考えて、労働契約締結後の労働者の背信行為と何ら区別すべき実質上の理由がなく、かように重要な経歴詐称のあった場合には、そのために労働者の債務の履行に著しい障害が生じ、使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなくとも、使用者は労働者を懲戒解雇し得ると解され、本件における申請人の経歴詐称がかような重大な詐称に該当することは前記のとおりであるから、この点に関する申請人の主張も理由がない(したがって、申請人が被申請人から懲戒解雇を言渡された時点においては、申請人の労務提供及び職場の人間関係に特筆すべき程の障害は生じていなかったと一応認められることは前記のとおりであるけれども、このことは本件懲戒解雇の許容性ないし相当性の判断に何ら影響を及ぼさないことになる。)。

四  不当労働行為の再抗弁について

申請人は、本件懲戒解雇は不当労働行為であると主張するので、これについて判断するに、まず、被申請人が申請人の経歴詐称を知り、申請人に対し懲戒解雇の意思表示をするに至った経緯をみることとするが、(証拠略)によると次の事実が一応認められる。

昭和五一年二月二五日夕方、所沢市内のスナック・スワン(申請人がアルバイトとして勤務していた店)において、いわゆる過激派の内ゲバ事件とみられる暴力事件が発生し、テレビや新聞等でも報道されたが、その後まもない同年三月頃、警察から被申請人の所沢工場に対し、電話により、同工場に渡辺宜信という者がいるかという問合せがあり、右電話を受けた同工場の西窪課長は、その後もその電話のことが印象に残っていた。その後、同年七月下旬頃、右西窪は、たまたま、所沢工場勤務のオペレーターの一人から、同工場の従業員の中にスナック・スワンでボーイをしていた者がおり、警察の取調べを受けたこともあるらしいとの噂話を聞き、前記の印象と合せて、申請人が右内ゲバ事件に関係しているのではないかとの疑問を抱くに至り、所沢警察署を訪れ、申請人と右事件との関係を尋ねたが、明確な返答は得られなかった。そこで、西窪は、同年七月二九日、申請人の住民票をとって調べたところ、申請人がかつてシバソクの寮に居住していたことのあることが判明した。そこで、西窪は、右会社に電話により、申請人の経歴等を照会したところ、申請人の履歴書の記載や申告に反し、同人は昭和四四年四月から昭和四八年一月まで同会社に勤務していたことがあり、また、静岡大学工業短期大学部電気科を卒業している事実が判明した。西窪は驚いて、同日、本社の人事部長政村壮一に以上の経過を報告し、右政村は同日から翌三〇日にかけて、西窪を始め、工場長、人事担当取締役等と協議をし、たまたま、その頃から八月初めにかけては被申請人会社の夏期休暇期間であったため、右休暇明けに申請人に対し、何らかの処置をとることになり、右協議の結果、同年八月四日には、申請人の右経歴詐称は就業規則四三条一六号所定の事由に該当し、かつ、右のように重大な経歴詐称のあったことが認められる以上、申請人の雇用を継続することはできないから、まず申請人自身に右経歴詐称の事実を確認し、右事実に間違いがなければ、申請人に任意退職(依願退職)を勧告し、申請人がそれに応じなければ、就業規則四二条四号により、申請人を懲戒解雇に付することを被申請人会社としての最終的結論として決定した。なお、この段階においては、申請人がかつて共栄企画に勤務していたことは、被申請人に未だ判明していなかった。

翌八月五日に、右政村と西窪は、午後三時頃から申請人を所沢工場事務所に呼んで、右経歴詐称の存否について質したところ、申請人はその事実を認め、かつ、学歴詐称の理由につき、大学卒業者はオペレーターとして採用されないことが判っていたため、短期大学卒業の事実を秘匿した旨述べた。そこで、右両名は申請人に対して、申請人が自発的に退職しない場合には懲戒解雇せざるを得ないので、任意退職するように等説得した結果、申請人は最終的には右勧告を受け入れる態度を示したものの、退職願は翌朝提出したいと答えて帰宅した。ところが、申請人は、翌六日午前八時頃、西窪に対し電話で、退職願を提出することはできないと通告し、さらにその後、工場事務所において、政村と西窪に対し、申請人を退職させることは不当労働行為になるなどと述べて、退職勧告を拒否する態度を示すに至った。右両名は、その後も申請人の説得を続けたが、申請人がどうしても応じないため、やむを得ず、あらかじめ用意していた解雇通知書及び懲戒解雇にあたってという声明書を申請人に交付すると共に、予告手当金一〇万八八八〇円の支払いの提供をして、懲戒解雇の意思表示をした。申請人は、これに対し、解雇通知書を一読しただけで、これを両名に返却して、事務所から退出した。なお、被申請人は、念のため、同月九日差出しの内容証明郵便をもって、申請人に対し、同月六日付で懲戒解雇した旨を通知した。

以上の事実が一応認められ、(証拠略)中、これに反する部分は採用しない。

次に、申請人のシバソク及び被申請人会社における労働組合活動の状況をみるに、申請人がシバソク勤務中に他の従業員と共にその主張のような労働組合を結成したこと、申請人が右組合結成と同時にその執行委員の一人に選任されたこと、その任期終了後も、右会社退職時まで職場の闘争委員等を勤めたこと、右組合が、各種の闘争において街頭デモ行進、長期間のストライキ等を含む活発な争議活動を行ったこと、その争議活動が所沢地区では、かなり著名であったことは前記認定したところであり、また、申請人が、昭和五〇年三月一日に被申請人の正規従業員になると同時に、被申請人の従業員で組織する全国金属産業労働組合同盟埼玉地方金属スーパーバッグ支部に加入し、同年一〇月頃、製造一課の職場の職場委員に選出されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と(証拠略)によると、申請人が右職場委員に選出された後、右職場において活発な組合活動を行ない、昭和五一年春の臨時代議員大会には代議員に選出され、組合大会等において、しばしば発言していたこと、右組合の役員改選の選挙が昭和五一年八月五日に公示されたこと(投票日は同月一九日)、右選挙公示の当時、右職場において、申請人を執行委員に推してはどうかという声もあったこと、申請人が本件解雇後の昭和五一年一〇月及び昭和五二年三月にも右組合の代議員に選出されていることを一応認めることができる。

しかしながら、本件全疎明によるも、被申請人が、本件懲戒解雇の意思表示をした当時、申請人のシバソク勤務中における組合活動の状況を知っていたこと、被申請人が、その頃、申請人の被申請人会社における組合活動をみて危機感を抱いていたこと、被申請人が、昭和五一年八月五日公示の組合役員改選の選挙に関して、申請人を執行委員に推してはどうかという声のあることを知っていたこと、被申請人の政村人事部長、西窪課長が、本件懲戒解雇の意思表示の際に、申請人に対し、申請人の学歴が問題なのではなく、シバソクにおける組合活動歴が問題である旨話したことは、いずれもこれを認めるに足りない。(証拠略)中、これに沿うかの如き部分は具体性に乏しく、また、(証拠略)に照らして、採用することができない。

したがって、申請人の主張するように、本件懲戒解雇の真の理由が、申請人のシバソク勤務中に活発な組合活動を行なった経歴、及び、被申請人会社においても活発な組合活動を行なっていたことを嫌忌して、その組合活動を封ずるために、申請人を被申請人会社から排除しようとしたものとは認めることができず、前記認定した本件懲戒解雇の意思表示の経緯を勘案すると、被申請人は、実質的にも申請人の経歴詐称のみを問題として、本件懲戒解雇の意思表示をなしたものといえる。

よって、申請人の本件懲戒解雇処分が不当労働行為であるとする主張は認めることができない。

五  懲戒権濫用の再抗弁について

申請人は、また、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用にあたると主張するので判断するに、被申請人の就業規則四二条が、懲戒処分として、譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めていることは当事者間に争いがなく、そのうちでは、解雇が最も重い処分であると考えられる。

また、申請人が、被申請人との労働契約締結後、約一年九か月間オペレーターの業務に従事していたことも、当事者間に争いがなく、申請人の勤務状況に格別特筆すべき程の問題のなかったことも、前記に認定したとおりである。

しかしながら、これまでに一応認定した事実関係を総合して考えれば、被申請人が申請人の経歴詐称を理由として懲戒解雇したことはやむを得ないものであったというべく、これをもって懲戒権の濫用があったものと解することはできない。したがって、申請人の懲戒権濫用の主張も採用できないことになる。

六  よって、被申請人が昭和五一年八月六日、申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示は有効というべく、したがって、その余を判断するまでもなく、申請人は、その翌日である同月七日以降、被申請人の従業員としての地位及び権利を失ったものと解され、結局、申請人の本件被保全権利は存在しないといわざるを得ない。

七  以上のとおりであるから、申請人の本件申請は理由がないので、本件につき当裁判所が昭和五二年二月二三日付でした仮処分決定を取消し、本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法七五六条の二をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤西芳文)

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